第14回Mt.富士ヒルクライム 主催者選抜クラス 31位

今シーズン初めて本格的な減量をして臨んだMt.富士ヒルクライム。断続的なジストニア症状に苦しめられ自己ベスト更新はならなかったが、減量の威力を再認識した。

レース前日まで

Mt.富士ヒルクライムは今年で3回目の出場となる。過去2回は「やむを得ない事情によりレース前日からほぼ徹夜」「脚の故障から復帰直後」という中で出走しており、自分の中では完全に黒歴史。例年、3週間前に開催されるハルヒルにピークを合わせているため、Mt.富士ヒルクライムを迎える頃には絶不調に陥っているという事情もある。

しかし、今年はジストニアのリハビリを最優先にしているため、ハルヒルにピークを合わせるわけでもなく減量もせずにシーズン前半戦を過ごしていた。富士ヒルも「年代別やしどうせジストニアでやられるから、減量もそこまでしなくていいかな~、お祭り気分で楽しみたいな~」とか呑気なことを考えていた。

そんな中、5月26日に主催者選抜リストが公式HPに掲載され、選抜入りしていることが判明する。しかも兄弟揃って。流石に祭りとか言ってる場合ではなくなった。そんな気持ちで大会に臨むのは、選抜されなかった選手達に対して失礼だ。ただ、パワーアップやジストニアの症状改善は2週間でどうこうできる話ではない。やれることはただ1つ。減量しかない。

目標は55kg台。死ぬ気で2週間減量した結果、こうなった。

ぎりぎり目標である55kg台(実質56kgだが)を達成した。本当はもう1kgくらい落としたかったが、後半の1週間はテーパリングのためどうしても運動量を落とさざるを得ず、最終的にこうなった。

レース前日

前日受付は兄貴に任せることにして、14時過ぎに大阪を出発。今回は、大阪へ帰省していたユルンがお供だ。東名高速道路でとてつもない事故が発生していたようだが、遅く出発したせいか影響は全く無かった。渋滞にはまることもなく快調に進み、19時過ぎに宿へ到着。

夜ご飯は、山梨までやって来てまさかの札幌味噌ラーメン。

美味かったのでよしとしよう。

宿に戻ってから、レースの準備。

兄弟そろってのゴールドゼッケン。最初で最後かもしれん。

11時前に3人の中で真っ先に布団の中に潜り込んだ。しかし、いつもなら電気が付いていてもストーンと寝られるのに、この日は何故か寝付けず。最後に時間を確認するとすでに1時を回っていた……。

レース当日

2時50分、ようやくまどろんできたところで目覚ましにより強制起床。ほとんど寝た気がしない。起床時体重は先ほども書いたとおり55.90kg。毎朝血圧と体温も測っているのだが、血圧が異常に高い。眠れなかった原因はこれか?

朝食は、いつも通りフルーツグラノラハーフ。

400g近くを摂取。後はバナナやコーヒーなど。

今回はローラーでアップせず、宿から会場までの自走をアップとした。ただ、会場までの登りは大勢の参加者がいたり車が通ったりして、安定したパワーでアップをすることはできず。加えて、右脚のジストニア症状も結構強く現れる。うーん、やばい。

会場ではいろんな人とおしゃべり。

久しぶりにレースへ戻ってきた「ドカヘル」スライムさん、背後霊のように後ろから忍び寄るグランペール大島氏の図。この後荷物を預けてしまったので写真は無いが、とれたまさんやグランペール田中氏達と談笑。

その後、トイレの長い列に並ぶ。スタートまでに間に合わないかと思ったが、スタートが10分遅延したことによりなんとかトイレまで到達。最終軽量化を済ませてレースに臨んだ。

今回の目標は、MIVROのA木さんに勝つこと。A木さんは右手親指を怪我していて全く本調子ではないのだが、ハルヒルではあっさり負けてしまった。聞くと、A木さんも私を倒すというのが目標らしい。なんてこったい。減量の成果が試される。

レース本番

レーススタート。どうせすぐに先頭集団から脱落するのは目に見えていたが、とりあえず集団に付いていく。しばらくすると高岡さんや井上さんが後退していく。A木さんや兄貴もすぐ視界から消えた。どうやら1合目までのペースが速かったらしい。鈍感なので全く気付かなかったどころか「あれ、今日の自分は調子がいいのかな?」とか勘違いしてみたり。当然そんなはずも無く、私も数分後には先頭集団から千切れてしまう。

ここからは右足首の不随意運動が増悪して、ずるずると後退。後ろからやって来た高岡・井上集団にあっさり置いて行かれてしまった。さらにその後ろから3名がやって来て、私を含めた4人の集団を形成する。しかし、ローテが上手く回らない。原因は私。右足首の調子が良くなるとパワーが上がってペースが上がり、不随意運動が増悪すると後ろへ後退するということを何回も何回も繰り返す。

最後は完全に右脚が終了して集団から脱落。昨年同様、1人で寂しくゴール。1時間5分37秒、248.6Wで31位。残念ながら自己ベストの更新やゴールドリングの獲得はならなかった。が、手負いにしてはよくやった。自分を褒めたい。

下の図を見て頂きたい。図1は、パワー、左ペダリング効率、右ペダリング効率のデータを時系列でプロットしたものだ。

図1. パワー及び左右平均ペダリング効率の時系列変化

不随意運動が増悪するとペダリング効率が悪化するのだが、悲しいくらい見事に紫色のパワーとオレンジ色の右ペダリング効率がシンクロしてる……。不随意運動がいかに競技パフォーマンスに対して負の影響を与えているかが分かって貰えると思う。

レースを終えて

レース後、4人集団を形成していた1人と言葉を交わす。「なんであんなインターバルみたいな走りだったんですか?」って聞かれたので、右足首の事情を説明して納得してもらった。そりゃ不思議に思うよな、ヒルクライムは一定ペースが基本だし。

優勝は兼松さん。

多くの人が目にしたであろうこの写真、田中氏から兼松さんが優勝したと聞いて握手をしに行ったら激写された。1桁フィニッシュどころか31位不随意運動おじさんが混じって良かったのだろうか……w ジストニアの件ではいろいろ気にかけて頂いており、本当に優しい方だ。優勝、おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。

レース後になってようやくチームメイトと合流。ちょしさんがゴールドリング獲得&年代別8位、novさんが年代別7位とそれぞれ入賞! おめでとうございます。

全員ではないけど、チームの参加者で記念写真

さて、肝心の目標はどうなったかと言うと、A木さんは1時間6分台で私の勝ち。目標達成。ついでに、兄貴は仕事の徹夜がたたり1時間7分台。ユルンは富士ヒルに向けてモチベーションを立て直すのが難しかったようで、1時間10分をぎりぎり切るタイム。ハルヒルでは3人に完敗したが、今回はひっくり返してやったぞ。次に戦う機会があるなら、全員ベストな状態でもう少し高次元な勝負をしたいな。

本当は表彰式も見たかったのだが、19時くらいまでに大阪へ戻らないと大変なことになるのですぐさま会場から離脱。ユルンは東京へ戻るため兄貴の車へ乗り、復路は私1人だ。ノンストップで車を走らせ、無事18時過ぎには帰宅した。

まとめ

Mt.富士ヒルクライムの選抜クラスに出場してきた。相変わらずジストニアの症状が発生するが、以前より不随意運動を抑え込めるようになってきた。また、もう少し減量の開始が早ければゴールドリング獲得(1時間5分切り)は出来たかもしれない。改めてヒルクライムレースにおける減量の重要性を再認識した。

次戦は、高取城・戦国ヒルクライムの予定だ。マウンテンサイクリングin乗鞍へ向けた調整レースとなるので、ここはしっかりとリザルトを残しておきたいところ。ジストニアの症状がどれくらい治まっているかが鍵になるだろう。

余談

何故、早く大阪へ戻らないといけなかったかというと……。

月曜日から東京出張(前泊)のため、新幹線で移動という強行スケジュール。いろんな大人の都合上、そのまま車で東京へ行けないのが辛い。極めて非効率だが仕方がないね。

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2 Responses

  1. ドル より:

    おつかれさまでした!
    仮想ライバルさんたちにも勝ち減量も成功し(脱水になって失敗する人多いです)
    事故にも遭わなかったので成功だと言えるのではないでしょうか〜。
    お仕事頑張ってくださいね。

    • HANAKEN より:

      ドルさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
      自己ベストは更新できませんでしたが、手ごたえを感じた富士ヒルでした。3回目の出場にして初めて黒歴史認定から外れました(笑)

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