[兄貴による寄稿] ツール・ド・おきなわ2015 市民レース50km サーティ 15位 スプリント賞獲得

今回は、私の兄貴によるツール・ド・おきなわのレースレポートをお送りする。兄貴は今帰仁(なきじん)のスプリントポイントを先頭通過、大集団スプリントにもつれ込んだゴール勝負で15位に入った。なお、写真は(弟である)私が挿入している。以下、兄貴による寄稿である。

今年もシーズン最後を飾るおきなわがやってきた。ツール・ド・おきなわは、昨年に続く2回目の出場となる。今年もレースはおきなわを含めて4戦に出場したが、ヒルクライムを中心に参戦しており、ロードレースはこのおきなわのみ。昨年もそうだったので、一緒に出場する弟同様に競技人生2回目のロードレースである。昨年のおきなわは初ロードレースで8位と、惜しくも入賞を逃してしまった悔しい思いの一方で、それなりに走れた満足を感じたレースだった。今年は、9月のまえばし赤城山ヒルクライム大会の年代別で弟とワンツーを飾った勢いそのままに、目指すはもちろん優勝、チャンピオンジャージだ。

レースまで

このレースに向け、れざ氏、ゆるん、弟と私の自転車仲間の4人でゆるいチームを組んでいた。昔のオンラインゲーム仲間つながりで、付き合いだけはずいぶんと長い面々だ。

ヒルクライムのレースにおいては、弟とは10kgほどの体重差があり、機材で差を埋めても10%を超える勾配ではやはり圧倒的に不利だ。しかし今回はロードレース、しかもほぼド平坦のコースプロファイルということで、速度や絶対的な出力で有利な自分がエースとしておきなわを戦うことになっていた。

このレースに向け、機材面ではずいぶんと悩んだ。レースに出場する選手は、JCFのレギュレーションに従わなければならず、入賞選手についてはレース後に検車がある。私がレースで乗るTREK Madone7は、サイズが割と大きいのにもかかわらず、Bontrager Aeolus 5 D3ホイールと、DURA-ACE Di2で素組みしただけで6.8kgを下回ってしまう。これはゆゆしき問題だ。

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カメラを搭載すればある程度カバーできると考えたが、運営からはノーの返事。無意味な錘は極力積みたくない気持ちに加え、錘を積むとしてもあまり面倒なことはしたくないし、重心も高くしたくないし、見た目も大事だしと、わずか200g強、されど200g強のために半年間あれこれ悩んで、結局ワンオフでボトルケージに挟むステンレス製の錘を制作した。メーカーには軽い自転車を作る責任として、UCIに喧嘩を売るのは結構だが、末端の競技者があれこれ悩まずにすむソリューションを提供するよう声を大にして言いたい。

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レース当日朝

沖縄入りの前日は、相変わらずの段取りの悪さがたたって、用意でばたばたして1時間しか睡眠をとっていない。そしてレース前日は12時前就寝の2時過ぎ起床。我ながらよく起きれるものだと感心してしまう。起床後すぐに朝食をもりもり食べ、2台のレンタカーに4人で分乗して名護へ。

到着後、バイクを準備してアップに向かう。1週間ぶりの自転車が楽しくて仕方がない弟がいきなり高強度でレピテーション。登坂では軽く400Wは出てるんじゃないかというハイペースのおかげで心拍もそれなりに上がった。

弟は脚に不安を抱えていたが、特に痛みが出ることもなくとりあえず大丈夫そう。むしろRDが不調で変速しない、トップに入らないというので、やっつけで調整する。しかし相変わらずハンガーが曲がっているようだし、毎日乗ってるせいでプーリーもかなり摩耗しているように見えるので、脚よりもむしろそっちが不安だ。

アップから戻り、トイレを済ませてスタート地点に移動すると、サーティーの先頭はすでに国道に出ようと移動を始めている。ずいぶんとゆっくりしてしまった。れざ氏、弟と私はシードなので先頭に合流するが、ゆるんは初出場のため素直に最後尾に並ぶ。スタートラインまで移動する間に、弟がタイヤの空気圧が不安だと言ってショップから空気入れを借りてきて圧を充填していたので、自分も最終チェックとして、前115psi、後ろ125psiでもう一度入れる。

この時、弟の作業を見ていて覚えた違和感が、後に起こるトラブルの原因とは、まだ誰も知る由もない。

空気も気合も入ったところで、マークすべき選手を探すが、ゼッケン2701の選手の姿が見えない。周囲もみな探しているが見つからないのか、浮ついた雰囲気だったが、スタート5分前になって現れる。沖縄で過去4勝(?)を挙げているさすがの大物ぶりだが、姿が見えて逆に安心感が広がる。挨拶も終わり、いよいよスタートだ。

レーススタート~弟にトラブル発生、降車

スタートすぐにクリートキャッチをミスるが、あわてずに嵌めなおして速度の上がる先頭に追い付く。集団左側、前には2~30人ほどの位置で最初の左折、と同時にアタックがかかった時に前に上がりやすいように右側に移動する。左折後すぐに弟が何か叫んでいる。「RDがいよいよイカれたか?」と思ったが、大丈夫だったようでとりあえず安心。しかし最初から不安だな。

そうこうしているうちに最初の坂に差し掛かる。今日は昨年と風向きが違い、コース前半が追い風ということもあり、集団のペースを上げておきたいので、ペースが落ちそうになったら迷わず前に出て牽く。それにしてもコミッセールカーが近い。ちょっとアタックしたらすぐ追いついてしまうような距離で、思うようにペースが上げられない。何度も手で追い払うジェスチャーをするもまったく通じず。一応窓から後ろを覗いているのを見てやったんだが……。遠藤さんも「レースになんねーよ!追い払え!」とブチ切れ気味。

海岸線に出て落ち着いたところで、集団のペースが40km/h後半から50km/h前後の雰囲気が出来上がったのを見計らって、今日はエースとして戦っているので、脚を不必要に使ってはいけない、そういう意識で前から10人ほどの位置に下がる。ほどよく流していると、右側を前に上がっていく2名が。なんと後ろにいるのは最後尾スタートしたはずのゆるんじゃないか。「ひざ故障で練習不足なのにあんなにあげて大丈夫か?」と思いつつ、ペースアップは大歓迎なので、ナイスアシストと思いながらするすると上がってついていく。

やはり、その後切れて位置を下げてしまったようだが、仲間がいるとこうも心強いものか。

ところが、本部(もとぶ)漁港の入口が近づいてきたなと思ったそのとき、弟が手を挙げてコース右側に停車しようと減速していくのが見えた。「まさかRDが吹っ飛んだか?」と思ったが、もちろん確認する余裕も時間もなし。しかしメインの戦力を失い、取りうるオプションがただひとつになったことは明らかだ。ここからはペースアップも集団コントロールも自分で行わなければいけない。

本部、美ら海~単独逃げ

今年一番の落車ポイントとみていた本部漁港入口の狭い右コーナーを後続に減速を促しながら集団先頭付近でクリア。先頭付近で先が見えていても怖いのに、集団の中だと最悪だなと思っていたら、案の定後ろでは落車が発生していたらしい。

ここで、2名が若干離れて先行、さらに1名、なんとフラットペダルのロードに乗った選手が本部大橋に向かってアタックしていく。先行する2名には距離をあけられないよう差を詰め、本部大橋の上りで確実に落ちてくるであろうフラペ君をペースダウンせずにかわせるように注意しながら橋ののぼりを強めに牽く。

予想通り落ちてきたフラペ君を難なくかわし、橋の頂上を先頭でクリアしたその勢いで下っていくと遠藤さんも後ろから出てきて、下りきったのぼり返しで2名が先行する形に。これは逃げ体制か? 俺が行ったらついてくるか? と思ってローテを回そうとするも、しばらくして遠藤さんは後ろに下がっていった。「今日は逃げないんだな……」と思ったが、自分は構わず少し離れて先頭を突っ走る。

しばらくして左折、少し下るといよいよ美ら海水族館の坂だ。引き続き先頭を走り、集団を崩壊させるべく強度高めで牽く。すると後ろからそのペースに同調した数名が出てきたのでそれについていく。「今年は速いっすねー、もう無理っす」と、昨年もこのレースでお会いした方に苦しそうに声をかけられ、「速いっすねー」なんて言いながらガンガン行く。あとかられざ氏に、「あれは市民レース50kmのペースじゃねえ!」と言われたがまったくお構いなし(笑

のぼり切って、少し下り、上りかえして本格的に下るが、ここも容赦なく踏んでいく。後ろから遠藤さんが「ここで決まるぞ!」とか叫んでいるのが聞こえた。ゆるい下りだが本日最高速の66.8km/hを記録。アップダウンを超えて左折するころには、集団は2~30名に絞られていた。

左折して本格的なワインディングロードが始まった最初の上りで後ろがスっと離れた。「これはいける!」そう思ったらあとはマイペースで踏み続けるのみだ。後ろを振り返らずにそこそこのペースを維持していると徐々に差が開いたようだ。審判モトから「後ろ16秒!」と聞かされ初めて振り返ると、そこにはもう集団の姿は見えなかった。

単独の逃げが決まったあとは、ひたすらコミッセールカーと審判モトを目標に追いかけて走る。心拍もレッドゾーンまでは上がっておらずいいペースだ。次第に差が開き、審判モトから「26秒!」と聞き「勝てる」と信じて走り続ける。

あまり意識しなかった今帰仁(なきじん)のスプリントポイントをトップ通過、あとから確認すると、ここでスプリント賞狙いのダッシュを除くプロトンの先頭とは40秒ほど離れていたようだ。

雨底(あめそこ)の峠も難なくクリアし、エアロを意識してくだりを飛ばす。下りきっていよいよ海が見えてきた・・・さあ、あとはゴールに向かって踏み続けるだけと思った矢先、わずかな向かい風も相まってペースが上がらない。「これはまずい」と思いゼリードリンクに手を伸ばす。「そういえば、走りながらゼリー食べるのは初めてだな……これ全部飲みきるのきついわ」と思いながら、もたもたしたのがよくなかった。半分ほど飲んでキャップを閉めようとしたとき、握力が強まって噴き出た中身を浴びる。なんとかポケットにしまうも手はべたべたで、完全に一度集中力が切れてしまった。

さあ、もう一度踏み込もうと思ったとき、審判モトが「後ろもう来てますよ」と。振り返ると小さく集団が見える。やってしまった。ここで行くか行かないか逡巡し、ここから踏みなおしても、ゴール直前のペースアップを振り切れるタイム差はないだろう、ゴール前の勝負に脚を少しでも残しておくべきだろうと思い、逃げ切ることをあきらめた。己を信じて踏み続けることができない、自分の弱さだった。

逃げ吸収~ゴール

追いつかれるまでタラタラ走ってると、「あ、いた」という声が聞こえ集団に吸収される。もしや気づいてなかったのか?しかもタラタラ走る俺の後ろを前に出ることもなくついてくる。ちょっと踏むと離れるし……。もう一度逃げる覚悟を決めるべきだったと後悔してもすでに遅かった。

遠藤さんには、「よく逃げましたね!」と声をかけられたが、短く一言、「無理!」と答えた。何が無理やねん(笑

集団を見渡すと、有力どころはだいたい残っているようで、ここで「このままだとまた遠藤さんが勝ってしまう」と周囲と会話するも、何ができるでもなく。右折が近づいてくると、集団も若干活発になり仕掛けようとする数名がペースを上げたりするので、切れないようについていく。真後ろでは遠藤さんが、後続を振り切るようにラインを変えたりしながら走っていたようで、その辺の走り方が実にうまい。

右折して丘を越えると、何やら前の2人が仕掛けようと談合している。強めのアタックがかかるが、すかさずついていく。ジャスコ坂に差し掛かると自然と自分が前に出るので自分のペースで走ると徐々に集団が縦に伸びた……すると後ろから遠藤さんがアタック、これにも食らいついていく。散発的なアタックが繰り返されてペースはどんどん上がる。こうなるともう自分ではコントロールできない。一度、加速に遅れて危うく切れそうになるも、なんとか間に合ってついていく。

ゴールが近づいてきて集団左側を走行していたが、コース左側は前にスタートした他クラスの脱落者がサイクリングペースで走っていて、とにかく走りにくいし怖い。何度か左にラインを押し出されそうになりながら、何とか右に出れないか隙間を探す。

スプリントになると分が悪いとわかっている自分も、これ以上ペースを上げて引き離すことも、前を塞がれていて出ることも難しく、そのままゴール前500mの左カーブ。ここの加速についていき遅れて、一気に順位を落とし、300m手前くらいから追いつけないとわかりつつ、ようやく開いた右側大外にラインを変えてスプリント開始。最後方からまくって2~3人は抜き返したようだが、ほぼそのままの順位でゴール。15位だった。

ゴール直前に、だれかがゴールラインの向こう、自分のライン上に落車しているのが見え、ゴール後ぎりぎりでかわすと遠藤さんだった。あとからYouTubeなどで確認すると、ガッツポーズで手を放しているときに、2位の選手とハンドルが接触していたようだ。

昨年ゴールラインを切ったときは、これ以上無理というほど苦しかったが、今年はそれほど苦しさを覚えることもなかった。会場ゲートをくぐって停車したとき、ガーミンの計時を止め忘れていることに気づいてストップボタンを押し、私のおきなわが幕を閉じた。

レースを終えて

ゴール後、れざ氏、ゆるんと合流して椅子に腰かけて談笑しているとき、そういや自分がスプリント賞を取ったんだと気付く。遅いだろ。表彰台どころか入賞すらできなかったが、これは逃げた自分へのご褒美と思って受け取ることにした。

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この賞は、レースで仕事をしてくれたチームメンバーの力あってのもの。自分がこういう形で、目に見える結果を残すことで応えることができ本当によかった。

弟のトラブルについては、すでにブログで書かれているので割愛するが、今年のおきなわは、レースを積極的にコントロールして展開できたので、「レースをしている」実感があり、コミッセールカーやホイールサービスモトなどの運営に若干の不満はあるものの、総じて楽しいレースだった。しかし、明らかに自分の経験不足からくるミスは、あとになって思い返せば思い返すほど悔しさが増してくるが、結局なんと言い訳しようと自分がメンタル、フィジカル、スキル的に弱かったまでの話だ。せっかく頑張って6.8kgを超えたバイクを、JCFのおじさんに量られることがなくなってしまいがっかりだが(笑

表彰式のあと、遠藤選手と会話をしてお互いの健闘をたたえた。その会話の中で「スプリントになっても勝てるので」と言っていた、実績が物語るあの自信は尊敬に値する。「来年はどうしようかなあ……」と言っていたのは、また来るという宣言と勝手に受け取った。

また来年、俺ももう一段も二段も強くなってここに戻ってくる。そう意を強くして沖縄をあとにした。

……来年は100kmのつもりだったけどどうしようかな?

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